旦那が救急搬送されて不安しかない妻のブログ

夫が無事回復したら見せるための備忘録です 改、日々の心情を綴ります

2020年11月29日

夜勤仕事の夫が帰宅するのは午前5時半~6時頃。
転職してからこの時間帯の帰宅になったが朝早いということもあり普段は「今から帰る」コールはなかったのに、この日は午前6時15分に電話が鳴った。
嫌な予感がした。私のスマホではなく家電が鳴り、発信元表示は夫の名前。それでもかけているのは夫だと疑うことなく開口一番「どしたん?何かあった?」と出た。

「夫さんのご家族でしょうか?A総合病院と申します。夫さんが救急搬送されました。急を要します。お越しいただけますか?」

とっさに事故か?胸か?と頭をよぎり「なんで・・・?」と聞いただろうか?
「激しい胸の痛みを訴えてご自分で救急要請されました。」と言う。
すぐ向かうと伝えてまだ寝ていた次男を揺り起こした。「お父さんが危ない。病院行くよ!支度して!」




慌てて向かう道中で私が事故を起こしては・・・と安全運転を心がける冷静さを持つ反面、連れてきた次男に声を掛ける余裕はないままA総合病院に到着するとすぐに夫に会わせてもらえるわけではなく。
促されて入った診察室で医師に造影CT検査の結果「大動脈解離」だと告げられた。

とうとう・・・と思った。
大動脈解離になる明確な予兆があったわけではないが、夫は3月に軽い心筋梗塞カテーテル手術を受けている。入院4日の短いものだったが心臓ということで焦りも不安もあった。
それより以前から高血圧で定期的な通院・服薬をしていたのでカテーテルで入院した予後は安定してるものの年明けに検査入院も予定されていた。
予後は安定していると思っていたが検査入院より先にこんなことになるなんて。

とにかくA総合病院(初期救急)では手術ができないのでK大学病院(三次救急)に移るという。
このとき「移動前にお顔ご覧になりますか?」と言われなんだか最後みたいでぞくっとした。実際にはベッド横で顔を見て手で触れられたわけではなく、ベッドの足元すこし離れたところから姿を見られただけだったのだが今病院はどこに行っても「コロナの関係で・・・」が付いて回る。
移動の救急車に家族の同乗を求められたが私はその後の緊急対応を思うと車を置いて救急車に乗ることはできない。次男に「一人で不安だろうけど、お父さんと一緒に乗って行ってくれる?」に無言で頷いてくれた。




K大学病院に到着すると夫はそのままCCU(Cardiac Care Unit=冠疾患治療室)に入った。私にはたくさんの書類が渡され同意サインを求められた。当然手術に必要なものでサインし終えるのを横で看護師さんが待っているので書類の中身などじっくり読んでいる暇はなかった。ただただ夫の体を病院にお任せするしかなく、その処置に必要なものだから読んだとしても拒むこともするわけもない。

手術は長時間かかるという。
午前5時半ごろ夫は初期救急のA総合病院に着いて処置を受けだし、8時半に三次救急のK大学病院に着いた時点で既に3時間経過している。
9時半から手術が始まるが終わるのは夕方になると聞いた。

「術後CCUに入ると家族も一切面会できないので手術前にお会いになりますか?」

まただ・・・今生の別れかと思わせるような言葉だったが、会わないはずがない。夫は病棟内を通って手術室に移動するというので私は受付の方に案内され同じ通路ではなく一旦外に出て別病棟へ移動して手術室の前で待った。
遠くからストレッチャーのコマの音が近づいてきて、私の前で止まった。
横たわっている夫は鎮静剤で静かに眠っているようだったが口は開いて人工呼吸器が入っている。顔色は悪くない。手術直前ということで触れてもいいかわからず、それでも「触れていいですか?」と確認することもできず、心の中で「がんばりや!待ってるからな!」と念じた。
「宜しくお願いします」と医師に告げて手術室の扉が閉まるのを見送った。

長時間にわたる手術の終わりを待つ。
それは穏やかに待てるものではないし、人もいない集中治療室の前の冷たい空気の中で(実際は暖房は効いているけど)次男を留めさせたくなかったので自宅で待つようにとタクシーに乗せた。
自宅には祖母がいるし、早朝に連絡し下宿先から帰宅した長男もいるので気が紛れるだろう。
A総合病院から電話を受けた時、何も考えずに次男を伴った。中学3年生で一人前のことを言う反抗期の息子だけど頼るには若い。私以上に病気に対する知識もなく、親の緊急事態に激しく動揺したに違いない。それでも時折目を赤くしながらも私の側にいてくれて心強かったのは確かだ。




一人廊下のベンチで待ち続けた。
その間、いろんなことを考える。
どんな病気なのか?手術の内容は?予後や後遺症は?・・・死亡率は?
スマホでいくつものページを見ては夫がいなくなってしまうかもしれないこと、夫が後遺症で苦しむかもしれないことを想像しては涙が流れ、いやそうと決まったわけじゃない!と気を持ちなおしたりを何度も繰り返すけど、調べれば調べるほど奇跡的に回復して後遺症もなく社会復帰できる姿を想像することはできなかった。
ただただ待つだけの時間に気が狂いそうになる。

そうしてるうちに日が沈み、「夕方までかかる」とは聞いていたけど夕方って何時までのことを言うんだろう?と思ったりしていた。
午後7時を回っても手術が終わったという知らせはない。時はすでに夕方を過ぎているよな・・・手術が長引いているんだろうか?高血圧の薬に血をサラサラにするものがある。それを服薬しているので術中出血が止まらないこともあるのかもしれないと考え出すと聞かずにはいられなくなってきた。
ICUの扉にあるインターフォンを使って尋ねるも回答があったのは午後8時半。もう少し早く対応してくれても・・・という思いが生まれたが別に悠長にしているわけでも忘れていたわけでもないということはわかっているので堪えるしかなかった。
やはり止血に時間がかかっているということだった。肝心の処置は終わっているということで一安心なのかそうでないのか。
最終的に「手術が終わりました」と言われたのが午後11時半で、手術室に入ってから14時間が過ぎていた。
その後医師から手術についての説明を受け、面会は一切認められないということで後ろ髪をひかれながら帰宅の途についた。

14時間もの手術に耐えてくれた夫の体力・生命力を信じたいと思う。