今日のブログは完全に愚痴です。
義実家に対する愚痴です。
もともとネガティブな気持ちをまき散らしてるブログですが、さらに親族に対する愚痴をまき散らす低俗な人間のエントリーです。
こんなの読んで気分悪くなると今の段階で判断される方はそっと閉じてくださいね。
夫が倒れてすぐ私は義両親に電話をした。義両親と言っても電話に出たのは義母でありその後の連絡もずっと義母と取っていくことになる。
「夫、義母からすると長男が大動脈解離になり今から手術をする」
同府下といえ2時間はかかる距離があること、コロナ禍であること、義両親は80歳を過ぎておりその状況で駆けつけることはできないのは理解している。
手術当日、私は病院側からの情報を得るたび義母に電話をして状況を伝えた。義母は「しゅうちゃん不安だろうけど一人で抱え込まず何でも言ってね」と言い、私は心強く思った。
けれど手術日以降、義母を含めた親兄弟から連絡が来ることはなかった。夫(長男)が心配でいても経ってもいられない気持ちは私と同じだろうと思っていたが、あちらから様子を聞いてくることもなく私からの一方通行の報告が続いた。
兄弟には義母から連絡がされているだろうと思っていた。それでも私なら伝達ではなく直接話を聞きたく兄嫁に電話をするだろう。それがないのは私の負担を考えてのこと・・・そう考えることにした。
それでも「兄弟として心配じゃないんだろうか?」という不満は少しづつ積もっていく。
入院から2週間ほどたってやっと義妹(長女)から電話が入った。夫への心配、私への配慮の言葉を聞いたが愕然としたのはその事実を知ったのは数日前ということだった。入院日を告げると「そんなに前なの!?」と義妹も驚いていた。
義母の判断がわからない。
私は妻という立場で夫のことは一大事。子供たちのことは別として自分の何より夫が優先の日々を過ごしていたが、義家族にとっては長年離れて暮らしているとそうでもないものなんだろうか。
年が明けていよいよ転院の話が出たときに「私一人で夫の命に係わる選択は出来ない。責任が大きすぎる。」と親兄弟を含めて話をしたいと申し出た。
遠方に住む兄弟もおりコロナ禍で移動しにくいのはわかっているが、「暖かくなるまで待ちましょう。コロナが落ち着くまで待ちましょう。」と言える時期ではなかったので早急に話したいと申し出た。
それはテレビ電話でもzoomでも構わない。義両親+3人の義兄弟に個別に私が話すのは避けたかった。その後お互い話の齟齬がでるのは困るし、何より同じことを何度も個別に話す心的疲労に耐えられそうにない。
「それでは手段を決めて連絡するからしばらく待って」と義母は言ったが返事は早かった。
「○日にしゅうちゃんの家にみんなで行くから一緒に話しましょう」と言われ、私はそれを受けた。兄弟のコロナ禍での移動や5人以上集まることへの危惧はあったが義実家サイドの意向と受け止めた。
それが数日で覆る。義妹から連絡が入り「義弟の長距離移動やコロナ禍で集まるのはやめた方がいいと思うの」そうだよねー・・・と受け答えする中で判明したことは私が自宅に義実家全員の召集をかけたことになっていた。
私、そんなこと言ってないし。集まらずともみんなで話せる手段はあると提示もしたのに。なんで私のせいになってるのよ。
義母のやり方がまったくわからない。
義妹はさすが親の性格をよくわかっているので「あ~そういうことね」と私への誤解?は無事解けはしたが「一人で抱え込まず何でも言って」という割に私に押し付けられてる感が否めない。
結局年明けには義弟とも話をしたが皆揃って言う。
「しゅうちゃんが一番身近だからしゅうちゃんが辛くない選択をしてね」「私たちはしゅうちゃんが決めたことに反対することはないから」
そう言われるとすべての決定は私に任されていて我特に関せずと突き放された気持ちになってしまう。
結婚する前の夫家族の関係は薄っすらしかわからないし、結婚してからは親子間、兄弟間の関わりが希薄なのかなとは感じていた。
それでも今、親として子への兄弟として兄への想いはないの?と。
私は今夫の先のことに関して心情的な部分で決めかねていることがある。
でも義兄弟は「それしかないなら選択するしかないよね」ととてもドライに答える。
私も夫の気持ちを慮ったり経済的な負担を迷うより、ドライに現実をみていかなければならないんだろうな。
「そこを割り切って早く決めることでしゅうちゃんの気持ちも少しは楽になるんじゃない?」と言われるが、簡単に割り切れるものなら相談もしないしとっくに決めてる。
そこを救ってくれるのは誰もいないということはわかった。