旦那が救急搬送されて不安しかない妻のブログ

夫が無事回復したら見せるための備忘録です 改、日々の心情を綴ります

2021年3月12日

夫の入院から2か月ほど経った1月下旬、私は我が家にある夫の荷物をあらかた片付けた。
それは日常使っていたかばんやタンスに入っている衣類、趣味にまつわる「表に出されたままのもの」たち。回復したらまた使うことになるだろうというものは大きなコンテナケースを買ってきて埃が被らないようにしまった。

亡くなったわけでもないのに処分したり片付けたりするのは家から夫の気配を消し去ってしまうような気がしていたし、冷酷なようで胸が痛み取り掛かれなかったのができるようになったのは「夫がこの家に戻って今まで通りの生活は出来ない」ことを私自身が受け入れたということだと思う。それでもすべては片付けられず今もスーツや夫が愛用していた小物はすぐ目に付くところに置いている。

夫のことは今も毎日胸にあって考えない日はない。
日常ではないことや特別なことは「夫がどうしたらうれしいかな」という基準で動いている。気分転換に出かけようと思っても夫ならどこに行こうというかしら?と思いながら行先を決めたりしている。そうすると夫との過去が思いだされて涙が止まらないこともしょっちゅうある。
もちろん夫は私にとって唯一無二の存在であることに変わりはない。変わりはないのだけど・・・少しだけ自分の感情の変化を感じていて、それに違和感を感じて軌道を戻すべきか自然なこととしてこの変化に沿って生きていくべきか迷っている。

心境の変化の理由は何だろう。一つは、夫が亡くなっているということに、慣れた。(中略)人は自分が置かれた境遇や環境、それは良いものも、悪いものも、すぐに慣れてしまう。
過去数ヶ月の振り返り - 優しくて可愛くてかっこよくて大好きな夫と死別しました

上記の引用はみんみん (id:noooooooooooooo) さんのブログから。彼女の立場と私の立場に違いはあるけれど、「突然の衝撃」から同じ程の期間を過ごしている。そのブログに腑に落ちる言葉があった。
私は「慣れた」のだ。

「夫が入院していて、面会できずに、状況を把握しにくい」ということに慣れたんだろう。夫のことは常に胸にあるにはあるが、考えるボリュームは減ったように思う。「考える」とは夫の頭の中の気持ちを想うとか、意思発信できない状態でいかに不快を少なくしてあげられるかとか、どのくらい経てば回復(意思疎通のカケラが見られる)するのだろうとか。
ただただ夫のために、ために、ために・・・そういう考えは今の私には何の力にもなれないことを理由にこの環境に慣れさせていったということかもしれない。

慣れたことで夫のことを考えるボリュームが減った分、私は息子たちの先の進路をともに考える余裕ができたし、私たちの生活を守っていく術を模索することができだしている。
時は進む。人は慣れる。
いつか夫がこのブログを見ることがあればショックを受けるかもしれないが、慣れて少しづつ進む私を許してほしい。
あなたのことはいつも胸にあるから。